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2011.08.20

shinzou's Roses コラム

shinzou's Roses 2011 一時帰国

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2011年4月12日は忘れもしない、日本を出国した日である。まだ寝ている子供たちに断腸の思いで別れを告げ、ボクは成田に向かった。一時とはいえ、あの時の心境は到底言葉では言い表せない。
そして飛行機に乗り込み、機体が加速して地面から離れた瞬間は、「ひょっとしたらもう日本には戻れないかもしれない。」なんて本気で思ってしまった。

左の画像は窓に見えた富士山を撮影したものである。過去に何度も見てきた景色であるが、あれほど感傷的に富士を見たのは初めてだ。

マレーシアに到着してからと言うものの、ボクの生活は公私ともに一変し、怒涛のごとく日々が過ぎていった。新生活は全てが刺激的。自らの殻を破りたいと思っていたボクにとって、マレーシアは最高の舞台だ。当然、一歩外に出れば日本人は少数となり日本語は全く役に立たない。しかし、ラッキーだったのはマレーシアではどこに行っても英語が通じるのだ。仕事上は当然として、日常生活でも英語が当たり前のように使われている。下手でもなんでも英語さえ喋れれば誰とでもコミュニケーションが取れる国なので非常に助かっている。今改めて考えてみると英語すら通じない国だったら非常に不便を感じたと思う。複数の人種・宗教が混在しているのが当たり前になっていて、しかも共存できているマレーシアの懐の深さは本当にありがたい。
マレーシアで感じたことを書き出すといくらスペースがあっても足りないので割愛するが、ボクは今、大変素晴らしい経験をさせてもらっている。

なにはともあれ、何がなんだかよく分からないうちにもう4カ月が過ぎてしまった。8月末は断食明けのハリラヤとなる。つまり、日本のお盆休みみたいなものだ。そのタイミングでボクは家族を迎えに一時帰国する。一時帰国のスケジュールは移動日も含めて6日間。往と復を除くと、たった3日半しか日本に滞在できない事になるが、とにかく庭のバラが心配だ。一回ハサミを入れただけでは焼け石に水かもしれないが、一気にバラの手入れをするつもりなんだ。

なみに、日本では電気と水を除いた全てのインフラ・支払いを停止する手続きに入った。殆ど相談なしに海外赴任を決めてしまったが、その決断を理解してくれた妻に感謝


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